家族の気持ちを代弁してくれた医師とパート看護師に感謝!

私の父は腎不全でした。
血清クレアチニン値が正常の範囲を超えています。近くの病院の医師に診断結果の説明を受けました。
今すぐにでも対処しなければなりません。と担当医師は言います。そして対応できる病院へ紹介状を書いてくれました。

当時の父はまだ68歳でした。まだ元気に働いていていてもおかしくない年齢です。歩いたり、重い物をもったり、普通に自由に体を動かせます。でも父は認知症だったのです。物忘れがひどく、数分前に言ったことをすぐ忘れてしまします。ご飯を食べたことも忘れてしまうらしく、父に食事を食べさせても数分もしたら、「ご飯まだか?」と聞いてきます。被害妄想を持ってしまうようで、いつも良くしてくれている人たちに対しても「あいつらは、オレの遺産をねらっている」などとありもしない事をしゃべったりします。体調の具合は悪かったのかもしれませんが、お風呂が大嫌いで、「もう、入った」と嘘なのか物忘れなのかわからないような態度で、よく困らせられました。

他人とも少々内容はおかしいですが会話はできます。ですので、ぱっと見は認知症には見えないのです。私たちは紹介状を持って、受け入れ先の病院へ行きました。私たちの住む地域で一番大きな病院で、たくさんの患者さんでごった返しています。担当する医師と面会し、大至急、入院の手続きを取りました。すぐにでも人工透析を始めた方がいいとのことでした。

そして父を病院にあずけ、透析用のシャントを腕につける手術をしてもらうことになったのです。私たちも不安でしたが、父も不安だったのでしょう。病院でおかしな行動を取り始めます。認知症の悪い部分が出てしまったようです。トイレもおぼえられず、医師や看護婦のいいつけも忘れてしまいます。点滴の管をはさみで切ったり、となりの患者の荷物を自分の物にしたり、よその患者のテレビカードを勝手に取ったこともあったそうです。

見た目がしっかりしてるように見えるだけ、病院でも手を焼いたそうです。そして担当医師が言いました。
「私はたくさんの透析患者を診てきました。透析は延命治療です。自己管理できる人の治療法です。」父は自己管理ができません。すぐに忘れてしまいます。ですから家族である私たちが世話をしてきました。

「透析という治療を理解できなければ、途中でなぜこのような苦しい治療を強いるのか、被害妄想がでてきます。」私たちが不安に思っていた点です。透析後は体調がすぐれません。延命治療であることがわからなければ苦しいだけです。「透析は途中でやめることはできない。父の場合は家族の負担の方が大きくなってしまうでしょう。」体が動けるだけに、透析中に暴れるということも十分考えられます。

「短命となるかもしれませんが、このまま慣れ親しんだ家で最期を送った方が幸せかもしれません。」私たちは涙が出ました。たくさんの患者を診てきた先生はすぐに透析が向いていないと察知したそうです。それから自宅で最期をむかえました。数週間の命と言われてましたが、それから一年も生きました。あの先生でなかったら、私たちと父はどうなっていたか・・・。感謝の気持ちでいっぱいです。

そして、父の担当だった看護師さんにも大変お世話になりました。家族でさえ辟易する父の態度に、いつも笑顔で接してくれ、本当に優しい方でした。聞けば小さなお子さんがいるので、パートとして復帰したばかりのパート看護師さんでした。彼女はこちらのサイトを利用して復職したそうですよ。今は便利な世の中ですね。
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自分の生活もあるだろうに、医師にしても看護師にしても、本当に大変な職業だと思います。父は他界しましたが、私もだれかの役にたてるよう小さなボランディアでもしようと、父が亡くなった後から地域の通学路で見守り活動に精を出しています。天国で父も見守ってくれているといいなと思いながら・・・

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