病院だけじゃないんだぁ健診センター看護師求人

浦安市にある整形外科で診て貰いました。腰椎の4・5の椎間板ヘルニアがあったのですが、
胸椎の部分が腫れてきてしまい左の背中だけ右の背中(脊柱起立筋)よりもあきらかに盛り上がっていました。
痛みが続いていた為に、椎間板ヘルニアのMRIを持参し画像診断をしていただいたのですが、
それよりも上の部位だったため触診をしてもらい明らかに左右差があるのでレントゲンを撮りましょうという話になりました。
レントゲン上では特に異常がないため、MRIを受診してみたほうがよいと言われ、メディカルスキャンに予約を入れてもらいMRI検査をうけました。
しかし、担当医が週2回の勤務でMRIの画像が郵送で病院に届くまでのことを考えると2週間後の診察になってしまうかもしれないと言われました。
MRI検査は2日後に予約を取ることが出来たのですが、検査結果を聞く事ができるのが2週間後ということに驚き、
別の先生で対応していただけないかと確認をしたところ、基本は担当した医師がいる日に受診をお願いしていますといわれました。
しかし、痛みがあったことや原因が早く知りたかったことからMRIの結果到着後に受診できるようにしてもらいました。
検査結果が届く予定の翌日に診察に行こうと、病院に行きました。
受付で1時間以上待たされるということをきいたのですが、とりあえず受付で待っていたところ午前中の診察が難しいので午後また改めてきてくださいといわれました。
午前中に受付をしていて、1時間以上かかるとは聞いていましたが、
最初から午後の診察に回ってくださいと言われれば午後に改めてきたのにと思いました。
午前中に受付をしたので、遅くなってもよいので診察をお願いしますとお伝えしたところ、受付の方が医師のところへ行き
「こちらが先日の検査結果のMRIです。記載されているとおり特に異常は有りませんのでこちらで行うことは有りません。」と言われ、
スポーツをされているようですのでこちらのMRIをもってスポーツ整形外科を(自分で探して)受診してください。
特に当院では紹介はしておりませんので。」との事でした。

対応が悪いにも程があると思いましたが、仕事帰りに寄れるスポーツ整形外科というのは殆どなく未だ受診できていません。
友人の看護師をしている人で、健診センターで働いていますが、ここでも待たせる事はあってもこれはひどいね、
看護師たちは頑張っていると思うだけどね…って、私も頑張ってられると思います。
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介護職員と看護師はお互い協力しないといけない

よく介護職員と看護師の人間関係でトラブルが起きやすいです。ではどうすれば介護職員と看護師が協力して上手くやっていくか説明します。参考にしてもらえると嬉しいです。

◼お互いの仕事を尊重すること
介護と看護は利用者さんからしてみればサービスを受ける側ですから、介護が偉い、看護が偉いということはありません。まずはお互い介護職員と看護師がお互いの仕事を尊重することが必要になりますよ。

◼介護職員と看護師の仕事を実際に1日見ること
介護職員と看護師の仕事をお互い研修をやり合い仕事内容を見るとお互いの仕事の大変さが分かります。研修は1日でいいのでお互いの仕事を見るだけでいいので経験してくださいね。お互いの仕事内容が分かれば大変さが分かり理解しやすくなりますよ

◼できる仕事は看護師も介護職員もやること
最近は介護職員でも医療行為を研修をうけて許可をもらえばできるようになってきました。医療行為を実際に介護職員がやってみてください。医療の知識や医療行為の技術が結び付きますよ。また看護師は介護職員の仕事は出来ますから、できる範囲で介護の仕事を手伝うことが重要になりますよ。但し、看護師は介護職員の仕事をやり過ぎないようにしてくださいね。できる範囲で行ってください。やり過ぎてしまいますと、介護職員は看護師が暇であると勘違いしてしまいますよ。

◼介護職員と看護師のコミュニケーションの場を取ること
日頃から介護職員と看護師のコミュニケーションの場を取ることが仕事をしていく上で非常に大事になりますよ。仕事中に冗談を交えながら会話するとお互い信頼関係がうまれて仕事が上手くいきますよ。

上記が介護職員と看護師と仕事を上手くやっていく対策をです。人間だから敵対してしまう気持ちがあったり忙しい気持ちを他の職種に当たりたい気持ちはありますが、我慢してお互い協力体制を強化してくださいね。協力体制が上手くいけば楽しく仕事が出来ますよ。私が転職した介護施設では、こういった方法でうまく仕事が回っていますので、ぜひお試しください<<看護師 求人 神戸>>

家族の気持ちを代弁してくれた医師とパート看護師に感謝!

私の父は腎不全でした。
血清クレアチニン値が正常の範囲を超えています。近くの病院の医師に診断結果の説明を受けました。
今すぐにでも対処しなければなりません。と担当医師は言います。そして対応できる病院へ紹介状を書いてくれました。

当時の父はまだ68歳でした。まだ元気に働いていていてもおかしくない年齢です。歩いたり、重い物をもったり、普通に自由に体を動かせます。でも父は認知症だったのです。物忘れがひどく、数分前に言ったことをすぐ忘れてしまします。ご飯を食べたことも忘れてしまうらしく、父に食事を食べさせても数分もしたら、「ご飯まだか?」と聞いてきます。被害妄想を持ってしまうようで、いつも良くしてくれている人たちに対しても「あいつらは、オレの遺産をねらっている」などとありもしない事をしゃべったりします。体調の具合は悪かったのかもしれませんが、お風呂が大嫌いで、「もう、入った」と嘘なのか物忘れなのかわからないような態度で、よく困らせられました。

他人とも少々内容はおかしいですが会話はできます。ですので、ぱっと見は認知症には見えないのです。私たちは紹介状を持って、受け入れ先の病院へ行きました。私たちの住む地域で一番大きな病院で、たくさんの患者さんでごった返しています。担当する医師と面会し、大至急、入院の手続きを取りました。すぐにでも人工透析を始めた方がいいとのことでした。

そして父を病院にあずけ、透析用のシャントを腕につける手術をしてもらうことになったのです。私たちも不安でしたが、父も不安だったのでしょう。病院でおかしな行動を取り始めます。認知症の悪い部分が出てしまったようです。トイレもおぼえられず、医師や看護婦のいいつけも忘れてしまいます。点滴の管をはさみで切ったり、となりの患者の荷物を自分の物にしたり、よその患者のテレビカードを勝手に取ったこともあったそうです。

見た目がしっかりしてるように見えるだけ、病院でも手を焼いたそうです。そして担当医師が言いました。
「私はたくさんの透析患者を診てきました。透析は延命治療です。自己管理できる人の治療法です。」父は自己管理ができません。すぐに忘れてしまいます。ですから家族である私たちが世話をしてきました。

「透析という治療を理解できなければ、途中でなぜこのような苦しい治療を強いるのか、被害妄想がでてきます。」私たちが不安に思っていた点です。透析後は体調がすぐれません。延命治療であることがわからなければ苦しいだけです。「透析は途中でやめることはできない。父の場合は家族の負担の方が大きくなってしまうでしょう。」体が動けるだけに、透析中に暴れるということも十分考えられます。

「短命となるかもしれませんが、このまま慣れ親しんだ家で最期を送った方が幸せかもしれません。」私たちは涙が出ました。たくさんの患者を診てきた先生はすぐに透析が向いていないと察知したそうです。それから自宅で最期をむかえました。数週間の命と言われてましたが、それから一年も生きました。あの先生でなかったら、私たちと父はどうなっていたか・・・。感謝の気持ちでいっぱいです。

そして、父の担当だった看護師さんにも大変お世話になりました。家族でさえ辟易する父の態度に、いつも笑顔で接してくれ、本当に優しい方でした。聞けば小さなお子さんがいるので、パートとして復帰したばかりのパート看護師さんでした。彼女はこちらのサイトを利用して復職したそうですよ。今は便利な世の中ですね。
看護師求人横浜市|条件のよいパート探し方【※私の転職体験談】

自分の生活もあるだろうに、医師にしても看護師にしても、本当に大変な職業だと思います。父は他界しましたが、私もだれかの役にたてるよう小さなボランディアでもしようと、父が亡くなった後から地域の通学路で見守り活動に精を出しています。天国で父も見守ってくれているといいなと思いながら・・・

心が温かくなりました


厄年ではないのですが、とにかく昨年度は様々な不調に見舞われ、精神的にかなりダウンしていた時期がありました。
しばらくは自分自身が元気になることが難しく、どちらかというとあまり行動的にはなれませんでした。
しかし、これも私の人生の過程と捉え、とにかくその時期が過ぎ去るのを待つことにしました。

そしてつい最近、久々にある勉強会に出席したときに、大勢の人の笑顔を見ることができて、ただそれだけでなんだか急に嬉しくなった自分がいることに気付いたのです。
私の心が次第に晴れやかになっていくのが、明らかに感じられました。
「やっぱり人の力ってすごいなぁ」と、感謝せずにはいられない瞬間でしたね。

勉強会はかなり長時間続いたのですが、そのときに1年ぶりにお会いした方が、私のことをはっきりと覚えていてくださったのです。
それだけでも、私にとってはすごく嬉しいことだったのですが、その人は私に「君に会えて本当に嬉しいよ」と、さりげなく言ってくれたことが、私の心を突き抜けたのです。
なかなかこのような言葉を、何の抵抗もなくサラッと言える人というのは、意外と少ないと思います。

帰宅後、さらに私をびっくりさせる出来事が続きました。
それは、私のサイトにその方が「今日は本当に安心したよ。ずっと倒れているんじゃないかと気になってたんだよね。君はいつも頑張りすぎるところがあるから気にせずにはいられないよ。とにかく復帰できてよかった」と、メッセージを書き込んで送ってくれたのです。
正直、自分とはたった一度しか会ったことがない人に、そこまで愛情をもっていただいていると思うと、自然と心の中が温かくなります。

この経験を通じて、私には目標ができました。
それは「私もこの方のように肩肘張らずに素直に生きていこう」と前向きな姿勢で考えることができたことです。
生きていく中では、人との交流を通して傷つくことが大半ですが、この世には家族以上に温かく他人のことを思ってくれる人間もいる、という事実に、喜びを感じずにはいられませんでした。